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「あのね、何ですよ――」
やがて、鈍のろい、呆ぼけたやうな返事をしながら、房一の湯上りでよけい赤紅あかく輝く顔がのぞいた。彼はゆつくりと兵児帯をまきつけていた。だが、その様子とはおよそ反対な強きつい、きらりと光る目で、盛子のうしろに、半泣きになつた、取乱した青い顔で立つている徳次の妻、ときを見た。
「さうだ」
今さつきまで誰もいなかつた通りの、ずつと先きの方から黒い人影が歩いて来るのである。袴をはいて小さな風呂敷包か何かを抱へている、そのやはり背高な、直立したまま急ぎ足に歩く恰好はまぎれもない町役場の書記の今泉だつた。
「大きいやつだねえ」
房一はその時逸いち早く、横に寝かされている男の投げ出した手首に血がかすりついているのを、そして寝ながら立てている片足のズボンの膝のあたりにもどす黒い斑点の沁みているのを見てとつた。
と、いきなり突きを喰はされた練吉は、神経的にさつと青ざめながら、反問した。
「坑には入つてみたんかね。あすこはもう何年も入つた人がないちふことだが」
「たゞし、預かるだけだよ。この分が残つている間はいくら後から来ても貰はんよ。いゝかね」
さう云ひながら、盛子はゆつくりと喰べていた物がまだ口の中に残つているような無邪気な顔をした。
「去年はなかつたんですよ。何でも博労ばくらう同士のうちわ揉もめがあつたとかでね」
もともと口下手ではあつたが、まだ舌がもつれる風で、一口ごとに息をついて云つた。